研究テーマ詳細
上肢の負担低減を目指したテニスラケットの開発
研究の背景
テニスにおいて、ラケットでボールを打つ際に発生する衝撃は前腕の腱へ反復的な負荷を与え、上腕骨外側上顆炎(いわゆるテニス肘)を引き起こす要因となります。
こうした腕への負担軽減を目的としたテニスラケットの研究開発では、これまで主に打球時に衝撃が加わるラケット単体の弾性振動モード(160〜180Hz程度)の抑制に着目されてきました。しかし当研究室では、従来とは異なるアプローチとして、打球時にラケットを介して手腕系全体が共振する現象に着目しています。
実打試験による衝撃加速度計測や加振機を用いた実験を通じ、手腕系の屈曲・伸展方向の固有振動数が約17Hz付近に存在することを実験的に同定しました。この低周波域での共振を抑制することが、テニス肘予防において極めて重要であると考え、振動制御技術と生体力学の両面から研究を進めています。
グリップ内に動吸振器(DVA)を実装したテニスラケット
複数のシミュレーションによる手腕負担の定量評価
腕への負担を客観的かつ定量的に評価するため、2つのシミュレーションモデルを連携させた手腕負担評価環境を構築しました。
具体的な解析手法の流れは以下の通りです。
- 筋骨格シミュレーションによる高負荷筋群の選定: 打球時の上肢の運動に影響し、高負荷がかかる筋肉を選定します。個人の体格情報を反映した上肢モデルに対し、打球時の衝撃加速度データを用いた解析を行うことで、テニス肘に関与する筋肉群を抽出します。
- 動力学シミュレーションによる負担評価: 選定した筋肉を組み込んだ上肢モデルを構築します。このモデルにテニスラケット(動吸振器 無/有)を把持させ、打球時の衝撃荷重が作用した際の筋肉の負荷を定量的に評価します。
- 過渡的な応答の考慮: インパクト時における関節の過渡的な応答を補完する力学要素を設定し、解析の物理的妥当性と安定性を高めています。
このように、筋骨格解析と動力学解析を組み合わせることで、テニス肘に関係する筋肉への負担を力学的に検証しています。
客観評価のための上肢力学モデルの構築フロー
手腕負担を定量評価するためのシミュレーション解析手法
筋骨格シミュレーションによる上肢モデル
動力学シミュレーションによる上肢モデル
Adamsモデルによる打球時の振動シミュレーション
打撃時の上肢運動シミュレーション
固有値解析結果(振動モード)
1次モード 4.30 Hz(面内方向)
2次モード 7.69 Hz(面内方向)
3次モード 9.65 Hz(面外方向)
4次モード 17.1 Hz(面内方向)
動吸振器(TMD)の設計と負担軽減効果の検証
同定された手腕系の固有振動数(約17Hz)の共振を抑制するため、最適同調条件および最適減衰条件に基づいて質量、ばね定数、減衰係数を最適化した動吸振器(DVA:Dynamic Vibration Absorber)を設計し、ラケットグリップ内に内蔵する構造を提案しました。
構築したシミュレーションモデルを用いて比較解析を行った結果、以下の定量的な負担軽減効果が実証されました。
- 動吸振器を搭載した条件では、非搭載時に比べて短橈側手根伸筋(ECRB)の張力が低減しました。
- 周波数領域(FFTスペクトル)においても、手腕系の固有振動数帯域である17Hz付近における各関節(肩・肘・手首)のジョイントトルクのピーク振幅が明確に低減することが確認されました。
TMD搭載有無における短橈側手根伸筋(ECRB)の張力比較
時間領域の応答
周波数領域の応答(FFTスペクトル)
さらに、テニス肘前駆症状に敏感な実験参加者を対象とした実打試験(ブラインドテスト)を実施しました。動吸振器の代わりに同質量の固定おもりを設置した対照用ラケットと比較した結果、高速球(初速90〜95km/h)の打撃時において「手首から前腕にかけての振動が明らかに少なく感じられる」という主観的評価が得られ、シミュレーションの力学的な解析結果を裏付けるものとなりました。
共同研究
本研究は、DUNLOP(社名:住友ゴム工業株式会社)との共同研究として実施しております。
主要な研究発表
- 安藝雅彦, 小林和彦, 背戸一登, 打球時の腕への負担低減を目的としたテニスラケットの開発, 日本機械学会 Dynamics and Design Conference 2025, OS5-2-2-01 (2025)
- 引田優馬, 安藝雅彦, 小林和彦, テニスラケット開発のための手腕負担評価モデルの開発, 日本機械学会 Dynamics and Design Conference 2025, OS5-2-2-02 (2025)
- 安藝雅彦, 引田優馬, 西村翼, 小林和彦, テニスラケットを把持した上肢モデルを用いた打球時の負担評価, 日本機械学会 Dynamics and Design Conference 2026, OS5-2-1-04 (2026)
